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斜里の蜃気楼に願う2つの夢

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網走怪獣
ここのところ、蜃気楼PRがらみで対外的なやり取りが輻輳していて、忙しさにめげそうな気持ちになる日もありました。

同時に、どうして私はこんなに蜃気楼に夢中なのか?を見つめなおす機会もいただき・・・。
私には、いや、斜里の蜃気楼には大きな夢がある!
これは私だけではなく、たぶん、SMRメンバー、応援してくれているみなさん、みんなの夢。
(もしかしたら、蜃気楼自身が見ている夢なのかも?と錯覚することも・・・)

生きていると、目の前の目標を見つけることすら難しいこともあるのに、いつかたどりつくかもしれない夢がハッキリしてるって、ありがたいことだなぁと。
ふつう、こういうテーマに出会えることって、そうそう無いと思うのです。

で、みんなの共通テーマ、夢が何なのか?
それは、書いちゃうとなんとなく縛られる気がするので、あえて書きません(^^;

ここからは、かなり個人的な思いを記しておきます。
また迷いそうになったときに思い出すために。

1.地元の子どもたちに、蜃気楼が出ることを知って欲しい!

私は内陸育ちだったので、もちろん蜃気楼は見たことが無かったけど、真夏の午後にもくもくと成長していく入道雲や、空に広がった雷雲に光る稲妻を眺めているのが大好きな子どもでした。
もし私が、斜里の子どもだったら、すぐそばでこんな面白い蜃気楼が出ることを知らずに大人になったら、すっごく悔しかったと思う。

また、特にこの辺の子達は、高校くらいまでは地元にいられるけど、大学、社会人となると地元を離れる率が高い。
私が斜里に来て、蜃気楼の観察をはじめる前に、幻氷について質問されたことが実は2回あって、いずれも東京からのお客様でした。
(その頃は知識が無かったので、ああ、そういう言葉あるらしいですねー。としか答えられなかった)
ということは、斜里っ子たちが大きくなって他所の地で働いて、知床出身、って言ったときに、「幻氷って出るんでしょ?」と聞かれても答えられない可能性があるということ。

つまり、「斜里で生まれたかもしれない気象オタク児童=私だったら?」のストーリーをあれこれ妄想して気持ちを重ねてしまって、ものすごくさびしくなったんですね・・・

直接的に、子ども向け講座をさせていただいたことは1回だけですが、それよりも、やはり地元に広く知識として、風物詩としてシッカリ根付くのが、遠回りのようで近道。
そのための、広報活動であったり、観光や研究などへの広がりの模索なのであります。

2.「あずましい」現象になって欲しい!

最初、観測部長Kさんがたくさん上位蜃気楼の写真を撮影して、師匠のO先生に質問しながらだんだん蜃気楼のことが理解できてきたころのこと。
平行して自分でも、ネットやら本やらで、蜃気楼のこと、特に幻氷のことを調べたのだけど、全く釈然としない。
あとで分かったことだけど、幻氷って言葉は有名なのに、気象学的、科学的な視点からの過去の研究はほぼゼロ!
そのために、ネットの情報はおろか、本の情報も間違いだらけ・・・というのが幻氷に関するそれまでの実情だったのです。

その後、師匠に直接ご挨拶に行ったとき、「こんなテーマや、あんなテーマは分かっているんですか?こういうことは?!」と質問攻めにしたら、
「いや、あれもこれもそれもわかっていませんよ~!」とあの笑顔で返されて、腰が砕けそうになりました。

自然科学分野の研究をしている人には普通のことみたいだけど、まだ良くわかっていないのに、一般の人はそんなこと、とっくに研究済みなんでしょ?って思い込んでることって、すごく多いんですね。
むしろその方が多いと言うか・・・

同時に、少しでも気象学をかじった身としては、蜃気楼のスケール感から察するに、研究が難しい現象であることも良くわかります。
研究しても「役に立つ」現象じゃないから、後回しになるのは仕方ないことかもしれないけど・・・
やってもどうせわからないから・・・と、そっとしておく風潮もあるような気がするんですよね・・・

あ、「あずましい」は、私が北海道にきて、一番ニュアンスをはかりかねた独特の方言です。
(元は津軽弁らしいが)
「さわやか、落ち着く、きもちがいい」といったところでしょうか。

幻氷はこれ。蜃気楼はこれ、これは違う。
ここまではわかっている、ここからはわかってない。
これから、蜃気楼や幻氷を見てみたい、という人が迷って気持ち悪くならないように、整理できることは整理して。
僅かかもしれないけど、道を照らす光になりたい。

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